マジックアワーから抜けられない

あっちにいったりこっちにいったり、ブレブレの社会人記録。

身に覚えのない才能?

フィルムカメラで写真をよく撮るようになった。

こんなに、パシャパシャ撮って、カメラを持ち歩くのはいつぶりだろう。

現像に出していた写真が返ってきた。

マニュアルで、感覚で撮っていた。

意外にきれいに撮れていて、びっくり。

 

才能、、?

そんなはずないか。f:id:g11mb106:20180818182208j:image

比較論

他人と比較するのは良くない。分かっている。でも、何か比較対象がないと安心できない。

 

あの人と自分は、似ているようで何もかも違う。生まれてからこれまでの経験。なにを感じ、どういきて来たか。ぜんぜん違う。でも、比較して?自分の劣等生を認知し、勝手に落ち込む。それの繰り返し。

 

自尊心だけ肥大していく。

困った人間なのです。もっと気楽に考えられればと思うけれども、性根からこうなっているみたいなのです。

 

他人と比較し、絶望しないように。

何度絶望したのだろう。

でも、絶望はするだけで、行動は伴ってなかった。正面から受け止める勇気がなく、甘い日常にすがって、これまでやって来た。

 

それこそ、逡巡迷路に自分を放り込み、

考えてる風に装うことで、自分の自尊心を満たし、他人とは違う、と驕り高ぶっていた。

 

そうではない。

自分はなにもできないし、人に語るべきものはなきもない。それを理解しないと、もう先には進めない。そう思う。全力で守っていた自分の心を曝け出す勇気を持って、傷を負わないと。

 

昨日、とある人と食事をして、そう考えた土曜日の朝。

f:id:g11mb106:20180818091851j:image

好きなことを仕事にする

好きなことを仕事にしたい。

人にそう言う。

それは、覚悟がいるよ、お金も稼げなくなるよ。

そう言われる。

決まり文句のように。具体的になにやりたいの?

聞かれる。

答えに詰まる。まだ漠然としてるから。

 

でも、関わりたい。

まったく関わりのない場から、脱却したい。

そう思っている。

 

でも、世間で自分の気持ちを通すにはよっぽどの気合いが必要なようで、転職とか、起業とか、気合いですよね。

 

自分がやりたいことをできているイメージを可視化して、いまなにをすればいいのか書いてみよう。そうすればきっと、もっと明確になると思う。うん。きっとそうだ。それをやろう。

迷い迷っても前向きに、溜め込まず、焦らず、人に頼って。

 

今日の夕日は綺麗だった。

f:id:g11mb106:20180817234707j:image

暗黒を見たことはあるか、、

人は、生きてきて、途方もなく、自分が何のために生まれて、いま生きているのか、まったくわからない状況に陥ったことはあるのだろうか。僕はある。小学5年生のときだ。学校に行ってなかった。社会がなかった。その先のことなんかわからない。知識がないし、怖いから。ただただ内省に内省を繰り返して、性格も変わった。

 

自分はどうなってしまうんだろう、ということはいまも思うけれど、知識は増えた。社会も知った。けれど、当時はなにも知らなかった。社会の成り立ち、歴史、人との関わり方、なにも知らなかった分だけ、想像もできず、ただ漠然とした不安の中で、終わりのない毎日を過ごしていた。

 

僕の中の暗黒は、少しずつ薄く淡くなっているのだろうか。ときどき不安になる。真っ黒だったものは、いまはどう表現すればいいのだろうか。怖い。

f:id:g11mb106:20180817155109j:image

 

 

語るべきものが何もないという不安

生きている。生活している。日常がある。仕事がある。趣味がある。歳をとっていく。気づいたらもう、27歳を迎えようとしている。

 

「あなたはなにをしたのか?」

これまでの人生で特筆すべきことはあったのだろうか。特にない。

 

ただ、目の前にあることを、なんとかこなして学位を取り、就職して仕事について、趣味にふけるだけ。ときには友人や恋人の心を満たし、他人の世界に存在する価値を噛み締めたこともある。しかし、残すものはなにも持っていない。

 

そう、

語るべきものが何もない。

いままでの経験を具体的に話すことができない。それは、何故だろう。話すべき対象がないから?テーマがないから?何をしたいかわからないから?

自分には自分の人生しかないし、他人と同じ世界にいても、自分が感じることができる範囲内でしか世界を感じ取れない。他人より長じている部分もあれば、欠落している部分もある。

 

この頃思うのは、

「自分はこれをした」というものを、

世の中に残したい。という思いが強烈にあることだ。自分の名前じゃなくていい。自分が考えた名前で、自分が考えたものを、この世の中に残したい。

そう思うのは不思議なことなのだろうか。

 

有名人になりたいわけではない。

「なにかを残したい」のか「存在を認めてもらいたい」のか。

 

あどけない考え方かもしれないが、

自分が考えたものを「文章」なり「映像」なり「音楽」なり、具体化出せて、それを他人に受け入れられ、批評される。それって素晴らしいことだと思うのです。

僕はそうなりたい。そう思って、いままでもこれからもこのブログを書き続けていきたいと思う。自分の人生のいろいろな断片と他人の人生の話の断片を繋ぎ合わせて、架空の物語を創り出す。そんな風に文章で表現したいという思いが、日に日に強くなっている。

世の中を、もっと素直に受け止めて、

漠然としたなにか、社会的に非難されるような妄想ばかりしていないで、もっと素直に思ったままに、怖気付かず、生きていきたい。

 

生活の中で生まれる嘘は、嘘と謝り、できると言ったのに、できないことは、できないと謝る。もっと簡単に考えて、物事を複雑化しないように生活したい。

 

夜、眠れなかったら、本を読めばいい。

いくらでも読みたい本はある。飢えている。

そして、こうして書けばいい。

f:id:g11mb106:20180816052929j:image